59. 非精神保健指定医の通院・在宅精神療法60/100減算に関する私見

6月1日から実施される令和8年度の診療報酬改定に、発達診療に大きな影響を与える可能性のある改定項目が含まれることになりました。精神保健指定医とそれ以外の医師ではこれまでも通院・在宅精神療法の算定について差がありましたが、今回の改定で、非指定医は原則として現行の報酬の60/100という大幅な引き下げが行われることになったのです。

精神科を標榜して診療を行っている場合には、通院・在宅精神療法は医療機関にとって重要な収入の柱であり、この点数が4割引き下げられることで、非指定医が精神科として診療を継続することが実質的に困難になったと言えます。

この改定の主眼は、精神科医として十分なトレーニングを受けていない医師による質の低い診療を防ぐことです。精神科の診療の主要部分は患者と医師との一対一の対話と薬物療法によってなされ、患者の方はそれが適正なものであるかどうかを確認する手段は限られています。高額な検査装置や治療設備も必要なく、医師免許さえあれば「少ない投資で」「誰でも」できるわけです。このことから、現実に大都市圏を中心に精神科医とは名ばかりの医師が精神科医療に参入する(トレーニングを受けていない医師を精神科医としてリクルートする)流れが起こり、厚生労働省もその実態を問題視してきました。

今回の改定は、精神科医として一定の修練を積み、厳しい基準を満たさない限り取得できない精神保健指定医を、この分別の柱とするものです。厚生労働省の問題意識は当然のものであり、十分なトレーニングを受け適切な診療技術を持つ医師のみが診療の最前線に立ち、それに見合った報酬を受け取るべきだという考えに異論を挟む人はいないでしょう。

しかし、この改定が議論を巻き起こしているのは、このことによって小児の発達診療を支えてきた医師や医療機関がその継続を断念せざるを得ない状況となり、地域の発達診療体制が崩壊する懸念があるからです。

発達診療を担当している医師には大きく分けて2つの流れがあります。一つは精神科医としてトレーニングを受けた後に小児の分野も手掛けるようになった(あるいは小児の分野に特化して診療を行うようになった)児童精神科医です。これらの中には、精神保健指定医を取得し更新の努力を継続されている方もいる一方で、従来までの精神保健指定医の取得プロセスの中に児童期の診療に関するトレーニングがほとんど含まれていなかったことから、最初から指定医を目指さなかった、あるいは資格の更新を行わなかった医師が含まれています。

もう一つの流れは小児科出身の医師です。大都市圏を除けば、単純にマンパワーの面だけから言っても児童精神科医の診療を受けられることは稀で、小児科医が発達診療を担当していることのほうが一般的でしょう。しかしながら小児科医として発達診療を継続するには診療報酬上の制約が大きく、実際には精神科医としてのトレーニングは受けていないものの、診療報酬算定上は精神科として診療を行い、通院・在宅精神療法を算定してきた医師が一定数いるのです。

私は後者の立場ですから、日々の発達診療の中で、精神科医としての正式なトレーニングを受けていないことのデメリットを強く感じてきました。発達の問題だけであればまだしも、実際にはうつや強迫症といった併存症の頻度は決して低くありません。統合失調症を発症するケースもあります。これらのケースの診療にはどうしても精神科医としてのトレーニングが必要です。ですから、今回の改定が発表されたとき、私自身は、「これは困ったことになったな」と思う一方で、「来るべきものが来た」という覚悟や、「これで本来あるべき形になっていくのだろう」という安堵感も持ちました。

しかし、そのような思いがありながらも私がこの文章を書くことにしたのは、現実の状況は厚生労働省が目指す理想とは程遠く、今回の診療報酬改定を単純に額面通りに受け取り、粛々と従うだけでは、特に地方において(少なくとも一時的にではあっても)発達診療の継続が困難となる状況が目に見えているからです。そして、厚生労働省が精神科医の一つの到達点として示している精神保健指定医の資格やその取得過程が、はたして発達診療を担いうるに十分な要件と言えるのか、という点にも一抹の疑問を持っているからです。

実際に、今回の改定が明らかになってから、私自身も小児期から成人期まで継続的に診療を行ってきた自分の診療スタイルを見直し、成人期以降の方については地域の精神科医療機関に受け入れをお願いしてきました。これまでも併存症のある方については紹介をさせていただき、連携しながら診療を行っていましたので、精神科医療機関とも一定のつながりはできていました。しかしながら、今回の事情を説明し受け入れをお願いしたところ、殆どの医療機関で神経発達症の診療は専門家がいないという理由で、特に強度行動障害のあるケースや他者との信頼関係を築くことの困難なケース、複雑な家族背景を持つケースなど、薬物療法以外のスキルを必要とするケースについては受け入れを躊躇されることが多く、今後の移行がどれだけスムーズに進むのか楽観的な見通しは持てない状況です。

今回の改定から言えば、小児科医は最初の4年以内を担当し、その期間が過ぎても継続して診療が必要となるケースについては精神保健指定医にゆだねていく、ということになるのでしょう。しかしながら、そのような理想的な地域体制を構築していく責任主体が誰になるのか、今回の改定を通じてもその道筋は見えてきません。

そして、精神保健指定医が発達診療についてもその主体となっていくのであれば、少なくともそのトレーニングの中に発達診療の要素が盛り込まれ、強度行動障害のような困難ケースこそを地域の精神医療が引き受けていく診療体制となっていくこと、そのような十分なトレーニングを受けた医師が日本のすべての診療圏に配置されていくことが必要です。そこまでを視野に入れてはじめて、今回の改定が意味のあるものとなっていくのではないでしょうか。

今回の改定を通じて、私自身は自分が築いてきた診療やトレーニングのスタイルが時代に取り残されたものであることを自覚し、退場するべき時が近づいていることを感じています。それは自分で信じて選んできた道なので、後悔はしていませんし、自分の時代が終わりを告げつつあることについて恨み節を述べようとも思いません。しかしながら、この地域を20年以上に渡って見つめ続けてきた立場から、地域の神経発達症を持つ人たち、ひいては地域のすべての人たちにとって、今回の改定のために私が静かに現場から立ち去ることが正しい選択ではないことも知っています。

今、この場で何が正解なのかを断定的に言い切ることはできませんが、今後もこの問題について考え、地域に即した解決策を考えつつ、時折社会に対しても小さな波紋を投げかけ続けたいと思っています。

函館で発達にかかわる診療をしている医師です。

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