42. オキシトシン報道に思う

東京大学からのプレスリリース以来、インターネットや新聞でもオキシトシンに関する報道をかなり目にするようになりました。自閉症に対しこれだけの注目が集まっていること自体は歓迎すべきことですし、たくさんの人たちに自閉症について知っていただく機会にもなっていると思います。

ただ、私が報道を見ていると、気になることもあります。それは、今回の東大の実際の研究成果と報道が与える印象との間にかなりの乖離があることです。今回の研究は、確かにオキシトシン投与による社会的相互性に対する一定の効果を示唆するもので、しかもその背景にある神経心理学的なメカニズムにも一歩踏み込んだ、これまでになかった画期的なものであることは間違いありません。

しかし、今回の研究で示された効果の程度は臨床的にはきわめてわずかなもので、報道から受ける印象とはかなりの違いがあります。今回の研究は科学的な意義は大きいのですが、これのみをもって臨床的な有用性を強く示しているとは言えません。その一方で、医療とは全く関係のない仕事をしている私の知人は、北海道新聞の記事を見て「すごく効くのかと思った」と語っています。論文自体は抑制的に客観的に書かれており、私も論文そのものについては大きな問題を感じてはいないのですが、報道は論文とはかなり違った印象を与えるものになっており、結果的に過剰な期待をあおりかねないものになっていることが気になっています。

もちろん表面的な臨床的効果が低くても、長期的に投与することで生活の質(QOL)に一定の向上をもたらすということもあるでしょう。ですから、今回の研究の臨床的な効果がごくわずかであったことをもって臨床的に意味がないないと判断したり研究を中断すべきであるとは思いません。しかし、実際に確認された臨床的な効果が非常に小さかったことはきわめて重要な点であり、報道においてもこの点はきちんと触れられるべきであったと思います。

もう一つの懸念は、報道では「副作用はなかった」とされている点です。実際のデータを見てみるとオキシトシン投与群と非投与群では心拍数の経時的変化に有意差が認められます。実際のデータ上の心拍数の差はそれほど大きくないので無視しうるという考え方もあるでしょうが、こと副作用に関して言えば、ごくまれであっても重篤な副作用が出れば大きな問題になります。ここは一歩間違えると「薬害」問題に発展しかねない点ですし、ぜひ慎重に研究を進めていただきたいと思っています。

最後に、今回の報道を受けて私がもっとも心配しているのは、藁にもすがる思いでいる人たちがインターネットで販売されているオキシトシンを購入し、自分自身や子どもに試すことです。オキシトシンはその効果についても副作用についてもまだ研究途上です。しかも、インターネットで販売されている「オキシトシン」には何らの法的な規制もなく、品質の保証もありません(ある販売業者のサイトには、ひたすらスクロールしてようやく表示されるページの一番下に、読めるか読めないかの小さい文字で「到着後の商品に関する責任は、その一切がお申し込みになられたお客様ご自身に帰することを予めご了承ください。内容の如何に関わらず、弊社はその責任を負いません。」と書いてあります)。他人の不安につけ込み金儲けをしようとしている悪質な業者に、有害な成分を含む粗悪な製品をつかまされてしまう可能性もないとは言えないのです。当事者の方や保護者の方には、市販のオキシトシンには決して手を出さないように強く訴えたいと思います。

繰り返しになりますが、オキシトシンはまだ研究途上の薬です。過熱する報道に踊らされず、確実な結果がでるまで研究の進展を冷静に見守りたいものです。

函館で発達にかかわる診療をしている医師です。

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