25. 薬物療法の難しさ

私は外来で薬の処方をすることがあります。発達診療においては薬物療法が根本治療になることはほとんどなく、特定の問題に対する対症療法としての位置づけになります。たとえば、睡眠障がいや自傷行為、多動や注意集中の困難などです。薬物療法は、適切に行えばほかの方法では得られない高い効果をもたらすことがあります。保護者や当事者の方から「この薬のおかげで救われました」「この薬がなかったら今頃どうなっていたか…」という言葉をいただいたことも一度や二度ではありません。

それでも、薬物療法には様々な問題が隠れています。よく議論されているのは、本来は認められていない適応外使用が決して少なくない点、ほとんどの薬剤で長期的に発達に及ぼす影響が不明である点、製薬会社から医師への利益供与が処方動向ひいては医療コストに影響を及ぼしかねない点、薬物療法に不利な情報はいわゆるネガティブデータとして学術論文になりにくい点などでしょう。

私自身はこれらに加えて、次の2点も薬物療法を行う際に念頭に置くべき重要なポイントではないかと思っています。

1. 問題の根本的な原因に目を向けにくくなる
何らかの行動の問題があるとき、その根本的な原因は背景に隠れていて見えにくいものである場合があります。たとえば、睡眠障がいの背景には、日中活動が十分でなく生活リズムを作りにくい状況があるかもしれません。自傷行為が、予測のつきにくい環境による不安の現われだったり、要求を表現するための唯一の手段だったりすることもあります。不注意や多動が、能力に見合っていない課題に囲まれているためであることもあります。薬物療法を行うと、多くの場合、問題にある程度の改善が見られます。この見かけ上の改善は、本当の問題をマスクし、私たちがその問題についてそれ以上考えなくなる危険性のあるものです。もちろん薬物療法によって不安が和らいだり、感情が安定したりすること自体は決して悪いことではありません。しかし、それによって私たちが一種の思考停止に陥っていないか、薬物療法を行っている場合ほど常に振り返る必要があります。

2. 薬物療法を行っているとそれだけで安心してしまう
これは薬物療法に限らず、療育についてもいえることです。薬物療法や療育を利用していると、「とりあえず何かをしている」ことで周囲が安心してしまう場合があります。今利用している薬物療法や療育はどのような位置づけのものでどのような効果が期待できるものなのか、本人に本当に合っている内容か、それ以外に取り組むべき課題はないのか…薬物療法や療育を利用している場合ほど、振り返る必要があるかもしれません。

実際には、発達診療における薬物療法はそれほど頻度の高いものではありません。私の外来で数年前に行った調査では、18歳以下のお子さんで処方を受けている方は10%台でした。それでも、薬物療法を利用される際には、処方医のみならずご自身やご家族も正確な知識を持ち、その効果と限界、そして危険性を知っていただきたいと願っています。そして、私自身は処方する立場として、これらの点について最新の情報を集め、わかりやすく説明できるよう努力していきたいと思っています。

函館で発達にかかわる診療をしている医師です。

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