毎年4月2日は国連が定めた「世界自閉症啓発デー」、それに続く4月2日~8日は「発達障がい啓発週間」です。4月2日とその近辺には、世界中でランドマークのブルーライトアップをはじめとした様々な啓発イベントが行われています。ここ道南地域でも2013年から啓発イベントが始まりました。私自身は主に広報担当として2014年からこのイベントにかかわっています。
私にとって、この活動には特別な思いがあります。それは、私が一人の支援者として歩んできた道のりと深く関係しています。
小児科医として発達診療にかかわるようになった当初、私は、自分が学び、自分の目の前に来る子どもたちにできる限りの支援を提供することしか考えていませんでした。ところが、難しい問題を抱えた子どもたちの数が増えるにつれ、療育プログラムや相談だけでは解決できないことが多くなっていきました。そういった場合には、ご本人やご家族以外の、周囲の人たちに働きかけなければならないことがほとんどだったのです。同時に、はじめは子どもばかりだった私の外来は、次第に大人の人たちがかなりの割合を占めるようになっていきました。うつなどの二次的な精神障がいを併発している場合、著しい誤学習を積んでいる場合、家族関係、経済状況などに問題を抱えている場合など、大人の診療には子どもとは違った難しさがありました。そのような困難な状態はご本人がもともと持っている特性による部分もありましたが、明らかに周囲の理解が不足しているために状態を悪化させていることも少なくありませんでした。
そのころ、私の周りには同じ方向を向いて協力しあえる仲間ができはじめていました。私たちは、子どもにしろ大人にしろまずは周囲の理解が大切だと考え、素晴らしい実践を展開している支援者の方やオピニオンリーダーとなっている当事者の方をお呼びして講演会を開いたり、自主的な勉強会を行ったりしました。すぐれた仲間と協力し合えるようになったことで、はじめはとても効果があるように感じられました。子どもたちはもちろん、大人の人たちの中にも周囲の対応が変わったことで状態が改善し、それとともにご本人も意欲的になり、自ら学んだり自分なりの対応方法を身につけられる人も出てきました。
しかし、講演会や勉強会には限界がありました。何度勉強会をしても来る人は限られていて、私たちの手の届かない人たちが断然多数派だという現実はあまり変わらなかったのです。うまくいっていると思っていた子どもたちにも新たな問題があることがわかってきました。ごく一部の理解のある人たちに囲まれているときには比較的落ちついて過ごすことができ、めざましい成長が見られていたのは確かでしたが、そこから一歩外に出ると結局は居場所があまりないのです。さらに私を愕然とさせたのは、周囲の理解が得られない場合には自分の診断がしばしば不利益をもたらし、当事者やご家族をむしろ傷つけてしまう結果になるという現実でした。
このような経験を通じて、私は、自分の目の前に来てくれる人たちだけに働きかけても不十分で、むしろ大多数の「普通の」人たちにこそ、この人たちのことを知ってもらいたいと強く思うようになりました。自閉症や発達障がいの特性を持った人たちが自分の身近にいるかもしれないということ、もしかすると自分や家族がそのような特性を持っているかもしれないということ、それは決してネガティブなことばかりではない、その特性に合わせた学びや成長、幸せな生活があり得るのだということ、そしてそのような人たちと共に生きていくことのできる社会を考えることは、多くの人たちにとって生きやすい社会を考えることにつながる部分があるということを知ってもらいたい、と。
道南でも世界自閉症啓発デーのイベントを開催することになったと聞いたとき、私は、これこそ千載一遇のチャンスだ、と思いました。でも、今までのような講演会や勉強会、あるいは通り一遍の式典では、結局来る人たちの顔ぶれはまた同じになってしまう。このイベントをそのような「業界イベント」にしてしまってはならない。私たちは、普通の人たちにこそ関心を持ってもらえるような、できる限り目立つ、楽しい、親しみやすいものにすることに力を注ぐことにしました。私たちの啓発デーイベントのコンセプトは、自閉症や発達障がいに対する理解や関心の最高レベルを10とすれば「ゼロの人を1にする」ことです。もう少し具体的にいえば、「自閉症や発達障がいというものがあって、それは思ったよりも身近なものらしい」と感じてもらえることです。実際に、昨年のイベントで参加者に行ったアンケート調査では「講演会や勉強会などにも参加してみたい」と答えた方はごく少数で、大半の方は「楽しいイベントなら参加したい」と回答していました。また、このイベントに参加して「自閉症が先天的な脳の特性だと初めて知った」という方の割合は決して低くなかったのです。そういう点では、昨年のイベントはおおよそ期待通りの効果を発揮したといえるでしょう。
また、このイベントでは、当事者の方と一般の方が一緒に参加できる企画を重視してきました。函館の街中で日常的に行われているようなおしゃれで楽しいイベントに当事者の方々が参加しやすくなる工夫を提案できるのは、自閉症啓発デーのイベントだからこそです。たとえば私が直接かかわった企画としては、昨年度、函館蔦屋書店で企画した「ものづくり講座」があります。ここでは視覚的構造化の工夫なども取り入れ、当事者の方々にも一般参加者として参加いただき、当事者の方からも、一般参加者の方からも好評をいただくことができました。今年度は、昨年度の経験を踏まえて講師の方々が自ら視覚的構造化の工夫を取り入れてくださるようになり、そのような点からも居場所を広げていくための効果を感じています。このほかにも各企画の担当者一人ひとりが、当事者の方にも一般の方にも一緒に楽しく参加していただけるよう知恵を絞っています。
もちろん、私たちが今まで行ってきたイベントがすばらしいことばかりで批判されるべき点が何もない、というわけではありません。特に当事者の方が主体的に関わる企画が少ないことは大きな課題の一つだと思います。このイベントは北海道自閉症協会道南分会との共催となっていますし、企画検討委員会のメンバーには保護者の方こそ少なくありません。しかし、一部の当事者の方に意見を伺ったり協力をいただいてきたという経緯はあるものの、今のところ委員会には当事者の方は一人も入っていません。来年度はこの点について検討し、改善を模索していきたいと思っています。ただし、一口に当事者の方といっても必ずしも皆が同じ思いというわけではないでしょう。ですから、ごく少数の方の声を聴くだけでそれを錦の御旗にするのではなく、幅広い意見に耳を傾ける工夫も必要になると考えています。
一部の方からは、「なぜ自閉症だけ?」という意見もいただいています。私個人としては、このイベントを将来的にはすべてのマイノリティーの人たちへの理解につながるようなものに進化させたいと夢見ています。自閉症や発達障がいについて考えることには、ほかのマイノリティーについて考えることと共通する要素も少なくありません。そのような意味では、最近注目を集めている自閉症や発達障がいから出発することには多くのメリットがあります。そして、今年度は北海道小鳩会(ダウン症候群父母の会)函館分会と協力し、「世界ダウン症の日」(3月21日)にちなんだ啓発イベントも同時開催することになりました。
もちろん、世界自閉症啓発デーとそのイベントは啓発の単なる一つの形であって、これが啓発のすべてではありません。もっと地道で日常的な啓発活動もたくさんありますし、規模の大きさや方法、対象の違いこそあれ、そこに優劣はありません。様々な理由から啓発デーイベント自体や私たちの方法に賛同できない、という方もいらっしゃるでしょう。私はそれはそれでよいと思っています。自閉症支援・発達障がい支援という一つの山に登るためのルートには、様々なものがあってよいはずです。ただ、違ったところから登るという選択をした人たちとも、いつかは山の頂上で出会いたいと願っています。
ここまで綴ってきたのは、もちろん実行委員会全体の意見を代表するものではなく、あくまでも私個人の考え方や意見です。ただ、啓発デーイベントに主体的にかかわっている一人として、このイベントの意義について多くの方にご理解をいただき、地域に根差したみなさまのイベントとして感じていただけるよう幅広い意見に耳を傾けながら改善を重ねていきたいと思っています。
みなさまからのご意見、ご批判、ご提案などいただければ幸いです。