ノースカロライナ大学TEACCH自閉症プログラム(以下TEACCHと略)は、2013年に新しい公認制度を導入しました。これは、TEACCHが体系化してきた構造化指導法(structured teaching、現在はStructured TEACCHingと呼ばれる)に関して、一定の基準を満たしていることをTEACCHが保証するというものです。公認には二つのレベルがあり、主にその実践の質を保証された「実践家」(Practitioner)と、そこからさらに進んで一定の制限はあるものの講義やトレーニングを行うことができる「上級コンサルタント」(Advanced Consultant)に分かれています。私は2014年に実践家レベルの認定を受けました。
科学的根拠に基づいた自閉症支援が求められるという世界的な潮流の中で、多くのプログラム同様TEACCHも新たな公認制度を導入したのは当然の流れといえるでしょう。しかしその一方、公認制度が導入されたことで、特に日本では様々な混乱が生じています。たとえば、TEACCHや構造化について公認を得ていなければ公に語ることができなくなった、公認を受けるとTEACCHや構造化について話ができなくなるからむしろ公認を受けないほうがよい、TEACCHや構造化という言葉さえ使わなければ実質的にはその講義やトレーニングをすることは構わない、などといったさまざまな憶測が飛び交っているようです。
日本の自閉症支援の歴史を考えるとき、TEACCHと構造化の考え方は大きな影響を及ぼしてきました。佐々木正美先生をはじめ、多くの先輩方がTEACCHに学び、すぐれた実践を展開され、後進を育ててこられました。構造化は無論のこと、保護者との協働や個別の評価、ジェネラリスト・モデル、自閉症を一つの文化としてとらえる姿勢など、いまやTEACCHが築いてきた哲学や支援技術は、日本の自閉症支援にとってなくてはならないものとなり、それがゆえにTEACCHを意識することはむしろ少なくなっているとさえ言ってもよいでしょう。たとえば、現在の特別支援教育の指針には、様々な形でTEACCHが培ってきた構造化の考え方があたりまえのように取り入れられています。就労支援のガイドラインについても同様です。そしてそれらについて、日本の各地で膨大な数の講義やトレーニングがTEACCHには触れることなく行われています。
私が奉職する社会福祉法人侑愛会(おしまコロニー)でも、1990年代からTEACCHの考え方や構造化を自閉症支援の基本に据えてきました。それは侑愛会内の施設だけでなく、地域の保護者や保育園・幼稚園・学校の先生たち、福祉施設、就労支援の現場、そして行政機関など自閉症支援にかかわるあらゆる機関へ提供している講義やトレーニングについても同様です。そのため、公認制度が導入されたことを受け、私たちは講義やトレーニングのあるべき姿について様々な議論を重ねてきました。TEACCHのスタッフや上級コンサルタントでなければ本当に講義ができないのか、実践的なワークショップスタイルのトレーニングを継続していくことが可能なのか、地域での教育にかかわる職員はすべからく上級コンサルタントとして公認を得るべきなのか、議論の焦点は多岐にわたりました。むしろ私たちはTEACCHから離れていくべきときではないかということさえ真剣に検討されたのです。
いまや自閉症スペクトラムは人口の1~2%に上るとも言われています。これは、日本全体で見ると、少なく見積もっても100万人以上に相当します。これらの人たちに対して何らかの自閉症支援を提供していく必要があり、TEACCHがそれに対して欠かすことのできない基本的な考え方を提供してくれていることを考えるとき、認定制度の導入によってTEACCHについて語ることができなくなってしまったり、構造化について学ぶ機会が極めて限定されることになるとすれば、それは日本全体にとって大きなマイナスと言わざるをえません。無論、この人口を背景に、TEACCHが日本において構造化がかかわるすべてのトレーニングを担当することは実質的に不可能です。
このような状況の中、私はこの9月にノースカロライナで行われたTEACCH Autism Conferenceとそれに先立つ公認支援者のミーティングに参加する機会を得ました。そして、TEACCHのトレーニング・ディレクターを務められているLee Marcus先生と、現在このような状況に置かれている日本で教育やトレーニングはどのようにあるべきかについて、一対一で相談する時間をいただくことができました。私たちが話し合ったことそのものはTEACCHの公式なアナウンスではないため、ここに記すことはできません。しかし、私はそこで大きな示唆を得ることができ、私自身がどのようなスタンスで今後の日本のトレーニングのあり方を考えていったらいいか、一定の方向性をつかむことができました。
繰り返しになりますが、ここに記すことはあくまでも一実践家としての私の理解とスタンスであり、TEACCHの公式の意見表明ではありません。それでもなお私自身の立場を明確にすることは、混乱が続いている日本の状況について、皆が考え、適切に行動するための一つの参考になる可能性があると考えました。
まず、私にとっての最も大切な原則は、トレーニングを含め、公認制度にかかわる要素を持つことについてはTEACCHの公式なアナウンスに基づく必要があり、私たちはそれを堅持していくべきであるということです。すべての決定権はTEACCHにあり、私たちはその決定に対して意見を持つことはできても、それを変えることはできません。
その一方で、TEACCHが公開している公認制度に関する情報やガイドラインは大まかな基準を示してはいるものの、必ずしも私たちが日本でどうするべきか、詳細についてまで明確であるとは言えないところがあります。ですから、ガイドラインを現実の状況にあてはめる際には、どうしても公認制度の文言を解釈するという作業が必要になります。もちろん、解釈が分かれる部分については今回私が行ったようにTEACCHに確認をしながら進めることが原則なのですが、細目が膨大で一つひとつを確認しながら進めることが必ずしも現実的でない場合もあり、さらに個別の状況を必ずしも一般化できない場合もあるでしょう。
ガイドラインの解釈に当たっての私の理解とスタンスは次のようなものです。第一に、ガイドラインの文言を最大限に尊重しそれに従うこと、第二に、私の理解を他の方々と共有することはあっても、決して他人を取り締まるための錦の御旗としてガイドラインを使わないということです。つまり、ガイドラインの解釈に当たっては緩すぎることも厳しすぎることもなく中庸を基本とし、ガイドラインに沿った行動を心掛けると同時に狭すぎる解釈に陥ることで優れた実践や教育の機会を委縮させることのないようにします。
この例として、私自身の公認のプロセスを挙げてみましょう。私は公認を受けるにあたって、私自身の論文や著作のタイトルを英訳しその一覧をTEACCHに提出しました。その中には、TEACCHの公式の講義ではなく、あくまでも私自身が個人の立場でTEACCHや構造化について日本語で書いたものが含まれています。これは、TEACCHが、私がそのような日本人向けの啓発や教育のための活動を行っているということを理解したうえでそこに制限を課すことなく私を認定したということであり、私自身はそのことについて今後も同じスタンスを続けることになります。その際には、私の講義や著作についてはTEACCHを学び、それを基にしたものではあるものの、TEACCHによる公式のものではないということを明確に表明したうえで行います。これは以前から私自身が心掛けていたことであって、今後もそれは変わらないということです。ガイドラインを極めて狭く解釈すれば、実践家レベルの公認では構造化の要素が入っていればいかなる教育も担当できないはずなのですが、実際には必ずしもそうではないということです。
ただし、ここで気を付けていただきたいのは、これはあくまでも私のケースであって、すべての人に類似のことが当てはまるということを、TEACCHはもとより、私が保証するものではありません。その一方で私自身は、TEACCHの公式のものではないとしても、日本においていたずらに狭い解釈によって一定の水準を満たしている教育の機会を奪う必要もないと理解しています。
もう一つ大切なポイントは、科学の世界では、科学的知見は人類の共通財産として共有すべきものとみなされるということです。何らかの形で発表された知見は、出典を明示しさえすればだれでも引用することができます。反対に、出典を明示せずにあたかも自分のアイデアであるかのごとくに発表することは盗用に当たります。つまり、実際にはアイデアの源泉がTEACCHであるにもかかわらず意図的にTEACCHに触れないことは、一種の盗用に当たる可能性があるのです。ですから、私自身が私自身の責任においてTEACCHや構造化について語る際には、TEACCHの功績を明確にすることをむしろ心掛けるでしょう。
もちろん、特定の技術やマニュアル、プロトコルなどについては、発表されれば無条件に誰でも使えるというわけではありません。一定のトレーニングや技術レベルの認定をその利用の条件として課すということは十分にあり得ることですし、トレーニングを行うことができる人に資格条件が課されることもあるでしょう。場合によってはその使用が商標や特許によって保護されていることもあります。しかし、そうであったとしても、公になっている科学的知見について議論することや引用することが制限されることはありません。ですから、構造化に関する公式のトレーニングは上級コンサルタント(一定の制限あり)かTEACCHによるものでなければならないのは当然としても、TEACCHや構造化について語り、議論し、引用することが一般的に制限されるとは考えにくいことですし、それは公認の有無にはかかわらないことであるというのが私の理解です。なお、TEACCHは、構造化の実践については公認の有無にかかわらずだれでも実践できるとしています。
TEACCHは、過去にも公認制度を模索してきました。この新しい制度は、その経験を踏まえたうえで、より効果的で、より幅広いニーズに対応できるよう新しく書きなおされたものです。しかし、TEACCH自身もこの制度がフィードバックや経験によって変わっていく可能性があるということを明らかにしています。日本の状況のように、TEACCHからは見えにくく、私たちからよく見えることもあるでしょう。ですから、私自身もこの制度を正しく理解しガイドラインにのっとって行動していくことはもちろんのこと、TEACCHから学び続ける一人として、この制度が自閉症の人たちにとってよりよいものでありつづけるようにTEACCHに対して日本の状況に関する情報提供を続けていきたいと思っています。
繰り返しになりますが、この文章は私自身の責任において書いたものであり、TEACCHの公式な立場を代弁するものではありません。しかし、この文章をお読みいただいたみなさまにとって、何らかの示唆があることを願っています。ご意見、ご質問などは私までいただければ幸いです。