49. 早期介入のエビデンスは必ずしもスクリーニングを正当化しない

発達障がい、特に自閉スペクトラム症については、従来から早期発見、早期介入の重要性が強調されてきました。早期介入の長期的な効果や新たな早期介入技法に関するエビデンスも次々に発表されています。今や、早期介入は世界的な潮流と言っていいでしょう。現在一定の効果が確認されているのは、主に2歳台での集中的な介入です。その時期に介入を行おうとすれば、少なくとも2歳台あるいはそれ以前の早期診断が必要です。日本では世界に類を見ない乳幼児健診のシステムがあり、それを活かした発達障がいのスクリーニングが注目され、様々な取り組みが行われてきました。その背景には「スクリーニングの正当性は早期介入の効果によって担保されている」という暗黙の前提があります。

私も当初はスクリーニングの必要性を当然のこととして受け入れていました。しかし、実際の臨床場面でたくさんの子どもたちや保護者の方々とお会いする中で、どこか釈然としないものを感じるようになっていきました。それは、自分の行った早期診断が必ずしも診断を受けた人たちを幸せにするとは限らない、という忸怩たる現実に直面するようになったからです。特に、保護者が十分に納得していない状態で乳幼児健診から紹介されてくる場合ほど、その傾向が顕著でした。私は次第に「早期診断・早期介入が有効だとしても、本当にできるだけたくさんの人たちを網羅的に診断すべきなのだろうか?」と疑問を感じるようになっていきました。

私の疑問が(少なくとも部分的には)氷解したのは、欧米各国が言語発達遅滞や自閉スペクトラム症のスクリーニングに関するガイドラインを発表していることを知ったからです。英国、カナダ、米国の最新のガイドラインは、保護者や臨床家が問題を感じていない段階での言語発達遅滞や自閉スペクトラム症に関するスクリーニングを推奨していません。その理由は明快です。早期診断・早期介入の効果にエビデンスがあったとしても、スクリーニング自体が予後の改善につながるというエビデンスがなければスクリーニングは正当化されない。そして、現時点ではそのようなエビデンスは提出されていないのです。さらにこれらのガイドラインは、現在のスクリーニングツールは偽陽性が多く、保護者に不要な精神的な負荷をかけるリスクがあるうえに、限られた資源の浪費につながる可能性がある、とも指摘していました。

これらの早期介入に関するエビデンスとスクリーニングに関するガイドラインとの乖離は、重要なことを示しているように思えます。保護者が問題を感じ臨床家もその必要性を認めたうえで保護者が自発的にプログラムを利用する場合には、早期診断・早期介入は長期的な経過に意味のある変化をもたらす可能性があるといえるでしょう。しかし、そうでない場合は、必ずしも肯定的な効果を発揮しうるとは限らない。むしろ、子どもや家族の貴重な時間を奪い、家族の精神的・経済的な負担を増し、社会資源を浪費する結果につながる可能性もあるのです。

早期介入の効果は必ずしもスクリーニングを正当化しない。一人の臨床家として、このことをしっかり意識しながら日々の診断に携わっていきたいと考えています。

(参考:Canadian Task Force on Preventive Health Care.  Recommendations on screening for developmental delay.  CMAJ 2016; 188; 579-587

函館で発達にかかわる診療をしている医師です。

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